トピックス , 山桜会会長のご挨拶

お医者さんは誰のもの

お医者さんは誰のもの

大阪府医師会 会報 Vol.338 平成17年5月「識者の眼」掲載より

「Kさん。どうぞお入りください。」

看護婦さんがやさしい声で、名前を呼んでくれました。

某病院の内科診察待合室で、順番を待っていたときのことです。

Kさんは、酒がのどを通りやすい体質で、γ―GTPが少し高めのため、定期的に病院で検査を受けていたのです。

カーテンをくぐり、診察室に入っていくと、いつもと違う若いお医者さん(T医師)が、熱心にパソコン画面とにらめっこしていました。

T医師「その後いかがですか。」パソコンのデータを見ながらの問診でした。患者の顔を見ないままで・・・。 Kさん「相変わらず、ですわ。」

Kさんの返事を聞いたT医師。「そうですか。」と、なにやらパソコンに文字を打ち込んでいました。ひょっとすると「相変わらず、ですわ。」とカルテの画面に打ち込んでいるのだろうか・・・。

T医師「血圧はどの程度ですか。」 Kさん「たまに高いと言われることもあります。」「150-90位ですかね。」 Kさんは、最近、家で血圧を測ることもなく、以前、医師から、高いと言われたときの数値を思い出し、医師の質問に答えたのです。

T医師は、「少し高いですね。」と言いながら、Kさんが言った、うろ覚えの数値を、そのままパソコンに打ち込んでいました。

横に置いてある血圧測定器を使わないままに・・・。

確かに、血圧の数値が、日時や状況によって変化するのは理解できます。でも、血圧も健康のバローメータの一つです。せっかくの診察日ですから、血圧くらい測って当日の状態を確認してくれても良さそうな気がします。

しかもKさんは、飲み過ぎの傾向があり、肝臓が気になって病院に来ているのに、肝臓の様子が手っ取り早くわかる触診すらしてもらえなかったのです。

「俺は、パソコンゲームの相手ではないぞ。」「診察を受けに来た患者だぞ。」心の中でつぶやくKさんの気持ちも知らないで・・・。

T医師曰く、「じゃあ、いつもの薬を出しておきますね。」「お大事に。」

このお医者さん、最後まで、患者の顔色どころか、顔も見ることなく、パソコンとにらめっこしたまま診察を終えました。

信頼のできるたくさんのお医者さんがいる中で、機械だけに頼りすぎるお医者さんは困ります。最近の病院。コンピュータ化されていて、お医者さんの診察室の机には、パソコンが置かれている場面が増えてきました。

しかしながら、紀元前3000年のエジプト・メソポタミアから始まる臨床医学の精神は、コンピュータ時代の現代といえども何ら変わることはないはずです。疾患を診断し、ふさわしい治療を実践し、社会復帰を可能にする。

これが臨床医学の基本であり、視診・触診・打診・聴診など、医師の五感を使って、患者の身体的変化を察知することが臨床医の役割であると信じています。

特に触診による診察は、医者と患者の身体的ふれあいでもあり、医者と患者の距離を縮め、医者に対する信頼感を高める効果があります。

昔から、「病は気から。」と言われてきました。逆に、前向きな精神は、肉体の自然治癒力を高める効果があるとされています。患者に接する医者の暖かい心は、患者への励ましとともに、治癒効果を高め、薬以上の作用をもたらすでしょう。

医者と患者の信頼関係の構築。簡単なようですが、これがお医者さんにとって一番大事なことだと思います。私達、弁護士も、お医者さんと同じように、依頼者との信頼関係を最も大切にする必要があります。依頼者と同じ目線で、紛争の内容を把握し、依頼者とともに一緒に法的紛争を解決していこうという姿勢です。

私は、若い弁護士や司法修習生によく言うことがあります。

「君たちは、弁護士であるというだけで、何も偉い人でも、特権階級でもない。」「依頼者の方が、人生経験が多く、教えてもらうことだってたくさんある。法律以外の分野では、弁護士といえども依頼者に太刀打ちできないことなんて、山ほどあるのだから。」

医者の世界でも、同じことが言えます。

医者と患者は対等な関係であるべきです。患者は、生身の人間なのです。

高度化する情報社会の中で、医者は、今まで以上に、患者との信頼関係を重視し、対話を重ね、患者とともに疾患を克服する姿勢が必要となってきました。

高齢化社会を迎える中での医療活動には、ますます医者と患者の心のふれあいが大切になってくるでしょう。

インフォームド・コンセント。

ご存じのとおり、「医師の正しい説明と、患者の自主的な選択・同意・拒否」を意味し、患者の自主的な決定権を重視すべし、とする指針です。

平成2年、日本医師会・生命倫理懇談会で、患者の権利として基本的に承認されるようになったものです。

これに関連して、医者の「説明義務」は、平成17年4月1日から完全施行される個人情報保護法と相まって、ますます重要視される傾向にあります。

病状・病歴・投薬内容など、すべて「個人情報」でもあり、同法律により

病院・診療所などの事業所には「情報開示義務」が課せられます。

最近の最高裁判例でも、乳ガンの乳房温存療法をめぐる裁判で、「医師には、手術法の選択について患者に熟慮し、選択する機会を与える義務があった」という判断を示し、インフォームド・コンセントの視点が、医者と患者の関係を考える指標とされています。

要するに、お医者さんが接する患者は、一人一人が疾患に苦しむ生身の人間なのです。医者が、患者の苦しみを理解し、それに手をさしのべて、一緒に病苦に立ち向かおうとする基本姿勢を、今まで以上に大切にするならば、医療訴訟はもっと減ると思います。弁護士は、決して医者の敵ではありません。

昔から言われています。「医者と弁護士の友人を持て。」

お医者さんは、患者にとって「頼りがいのある親しい友人」であってほしいのです。

弁護士  川原 俊明

2005.06.03