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追手門学院事務職員全体研修講演記録

追手門学院事務職員全体研修講演記録

2002年7月25日 大学5号館研修室にて 川原会長

学校改革と職員の役割

【序】

今回、「学校改革と職員の役割」というテーマで話をせよとのことであります。

大変なテーマを与えられて、何か話をせよ、ということなので、自分なりの考えを進めていきたいと思います。私は、毎日、追手門に詰めているわけでもないので、何を言っても後で、みなさんから石を投げつけられないでしょうから、気楽に話を進めてみたいと思います。

【私の立場】

学校法人でいえば、この6月からの新米理事。追手門学院とは、古いつきあいで、小学校71期大手前中高14期の卒業生・・45年前からのおつきあい小中高と12年間皆勤で通っていたものですから、大手前との関わりは、体にしみついてしまっている。

学校の先生方との思いでも深いのですが、事務局の人々との思い出も多いのです。

追手門学院出身の割には、経済的に恵まれない時期があり、中高のころですが、授業料の支払いが遅れて、こそこそと出納課に一人で持参した思い出もあります。

給品部のおばさんに親切にしてもらったり、守衛室のおじさんとも仲良くなったりした記憶があります。

当時も、生徒には、総じて好意的な職員の方々が多かったような気がします。

大手前中高の卒業が昭和41年なので、同期の多くが追手門学院大学の進学しました。大学1期生が私と同期となります。

先生方の中では、茨城中高の坂田先生、講師の松村千景先生、大手前中高の理科の横井先生、辞められた英語の岩崎先生が同窓生です。職員にも私と同期の方が活躍しておられる、と聞いています。

卒業生組織の山桜会会長をしています

仕事は、弁護士をしています。この4月から弁護士法改正に伴って、わが法律事務所も弁護士法人となり、弁護士・事務職員あわせて14・5名の人材を動かしており、法律事務所内部では経営者的側面も持っています。

【教育改革と組織改革の基本は、母校愛から】

いま、追手門学院では、近年、教育改革を掲げ、その実践を進めようとされています。

山桜会でも、この問題を取り上げ、伝統ある追手門学院を、伝統に安住するだけでなく、往年の名門の姿に復活させたい、ということを主張してきました。なぜか、私たち卒業生にとって、追手門学院の看板は、一生つきまとうものですから、重大な関心があるわけです。その裏付けは、母校愛でしょう。

その点、職員のみなさんが、本当に追手門学院の教育改革・学校改革に取り組んでいこうとされるのであれば、職員のみなさん自身にも追手門学院に対する母校愛を持つことが必要なのではないでしょうか。

職員の多くのみなさんは、追手門学院出身でないかもしれませんが、長期間にわたって仕事に多くの時間を費やす追手門学院が自分の職場でありますので、いわば第二の母校という感覚を持って、職場を愛し、学校を愛する、という観点から母校愛をもっていただく。このことが学校改革の出発点ではないでしょうか。

嫌々仕事をしていては、得るものは何もない。自分の職場をよくする、学校の名声を高める。職場に誇りを持つようにする。そのためにどうすればいいか。どう改革すればいいかを考えていく必要があります。

【なぜ教育改革が必要なのか】

今は学校間の淘汰という時代に入っています。学校間でサバイバルゲームが始まっている、ということです。魅力のない学校は倒産する。力のない学校は吸収合併によって歴史に幕を閉じてしまう。これが現実のものとなってきました。2週間くらい前の日本経済新聞にもでていましたが、国公立の大学そのものが、法人化問題に関連して統廃合が進められている。親方日の丸の学校ですらこの問題が深刻に議論され、現に10数校が名前を挙げられています。ましてや私学となると、学校の経済力・生徒の集約力・人気など、経済社会における需要と供給のなかで、淘汰が進められるということです。学校の力関係そのものが直接経営に影響を及ぼします。

最近、小泉首相が、経済構造改革を唱え、郵政事業や道路公団のの民営化が議論されています。その中で見落とすことができないのが、財政補助金制度の見直しです。主に政府予算の中で、補助金は、公共事業や福祉・教育に当てられています。特に教育に関して言えば、私学教育補助金の削減傾向がさらに検討されている、ということです。私学である追手門学院の経営にも、絶対影響がでてきます。今のうちに、追手門学院の体質を改善し、強固な基盤を確立する必要があると思います。

【教育改革必要の背景】

教育改革の必要の背景には、みなさんご存じのとおり、少子化問題があります。少子化と老齢化社会のなかで、生徒数・学生数の絶対人数の減少傾向があります。

中国と違って、一人っ子政策を採らない日本が子供が減って、一人っ子政策を採る13億の人口を抱える中国が人口増大に悩んでいる。これも矛盾した話ですが、これが現実です。

夫婦に子供がいないと離婚もしやすくなります。養育料の問題や親権のことで頭を悩まさなくていい。互いに、つぎにいい男や女をを見つけよう、ということを考えやすくなります。離婚件数の増大現象は、離婚事件を扱う弁護士にとって経済的に好ましいのですが、社会的には、決してよいことではない。かといって昔ほど、離婚は、世間から白い目で見られない時代になってきました。逆に、バツイチ、バツニの肩書きを勲章みたいにしている人がでてきているほどです。どうかと思いますが・・。

とはいえ、あまり我慢をしてせっかくの一度の人生をつまらない男に拘束される必要はないと考える女性が増えています。最近の男は頼りないのが多いので、今から結婚される女性は、よく男を吟味してから結婚を考えてください。今日は離婚相談の演題ではないのでこれくらいにしますが、、。

いずれにしても、少子化を改めるためには、家庭に子供が多ければ多いほど、税金が優遇され、子供と友に快適な家庭生活が保障されなければならない。社会保障も、充実しなければならない。

子供を抱えながらも夫婦がともに働ける環境が不可欠。これはまさに政治の問題で、これが急に改善されるとは思えない。また、現代の若者達の価値観が個人主義、享楽主義に偏っていると思える節もある。自分たちが今さえ楽しければ、後はどうなっても、あるいは社会全体がどうなっても自分には関係がない、という考えが日本の若者に広く浸透しているように思います。

これは、戦後の教育が残した悪い部分の大きな汚点ではないでしょうか。アメリカの自由と平等、個人主義のいいところだけを採り入れたらよかったのですが、個人主義の意味合いが、義務を伴わない利己主義とはき違いをしているところに問題がある。ですから、日本の社会が、直ちには、少子化傾向を簡単には回復できない。でも、政策的には、どうしても変えていかないと日本経済は破綻してしまいます。かつて栄えた大英帝国が斜陽の国といわれたように。

【学校改革は同時に教育改革】

学校改革は、同時に教育改革です。

教育改革は、特に、教師に従前どおりの教育方針・教育のやり方のマイナスの部分を思い切って変えていく必要があります。そのためには、教師一人一人の意識改革が必要です。

追手門学院の教育改革を支えるもの、それは教師だけではありません。それは、みなさん職員の方々です。職員の協力がなければ、教育改革はあり得ない。

教育改革がなければ、追手門学院の未来はない。そのとき、教職員は職を失い、職場そのものを失ってしまうことになります。

教育改革は、職員の生活を守るためにも貫徹される必要があります。失業手当などわずかな期間だけです。根本的なことを考えて行動する必要がある。

どうすればいいのか。

【一人一人の意識改革】

それは、教育改革に向けた職員一人一人の意識改革が必要です。

一般的に、職場組織の中では、どうしても上からの命令でのみ動くことが良しとされる傾向にあります。

しかしながら、それはロボットでもできる。あるいは、コンピュータに任しておいても、実行できる部分が多くなってきた。それでは人間としての進歩がない。職員としては、指示された業務を誠実に処理することが当然必要です。しかしながら、それだけにとどまらない努力が必要ではないでしょうか。

一つの仕事に自らの知恵を加えて改善する。汗をかくとともに知恵を絞る。この努力が、もっと自覚的にあるいは自発的になされる必要があります。学校をよくするために、職場をよくするためにどうすればいいか。

追手門学院では、どの程度、職員の意見が反映されて学校運営されているのでしょうか。

あるいは、職員が、自発的に、どの程度、学校運営上の意見を伝えてきたでしょうか。

社会の先端企業は、社内メールを積極的に使って社員と社長の直接の意思の疎通を図るようになっています。追手門学院でも、職員の建設的な意見集約のシステムはあるのでしょうか。それがあれば風通しのいい職場になると思うのですが・・・。

職員の建設的意見は、尊重すべきところですが、ともすれば、従前から、私が伝え聞いている追手門学院の悪例が2つあるように思えます。

露骨に言うとみなさんから反発があるかもしれませんが・・。まだ、内情を知らない私の偏見かもしれませんが、講師の特権としてあえて言いますと・・。

1つは、自分の生活、自分の権利だけを守ろうとする意見が強いように思えます。

それが、現在の追手門学院の教職員の給与体系にひずみがでてきています。学校がつぶれかかっていても教職員の高い給与を維持しようとする傾向にある。リストラや倒産の嵐に見舞われた企業の世界からは理解しがたいものがあります。

2つ目に、人気投票の色彩強い校長選挙があります。

教職員に都合のいい校長を管理職におくことは、当面の自分たちには安泰な現象ですが、痛みを伴う教育改革には、完全なブレーキとなります。誤解のないように言いますが、学校といえども特殊な社会ではなく経済社会の1組織であることを再認識する必要があります。

わが法律事務所でも、弁護士と事務局が全員そろって毎月1回の事務所会議を開き、業務改善を議論しています。改革に痛みを伴うこと、従前の既得権は、何時までも維持できないこと、改革なくして前進のないことを議論しています。弁護士業界も、世間の注目を集めている法科大学院構想があり、弁護士増員問題に直面しています。弁護士業界も弁護士同士の競争社会になっていこうとしています。さらには、欧米からの外圧で、外国のロースクールを出て法曹資格を得ただけでも、日本の弁護士と対等に日本の法廷で弁護士活動を与えよ、との声が出ています。

その意味でも、従来、ギルド的に安泰であった弁護士業界も決して前途洋々でなく、淘汰の時代になってきたのです。この点、教育分野も非常に似ているところがあるます。さらに一歩、社会に目を向けますと、昨年から今年にかけて、企業の中でリストラの嵐が吹き荒れました。とくの団塊の世代である私たち、50代半ば。上からは無理を強要され、下からは突き上げを食らう割の合わない年代です。戦後のベビーブーム子として、生まれたときから競争を強いられ、高度経済成長を支えてきた私たちの年代は、不況期にさらに厳しい風にさらされる中間管理職の悲哀を味わっています。

サラリーマンが、そんな嵐に見舞われながらも、生活の糧を得る企業がつぶれたらおしまいです。企業が生き残り、多くの従業員の生活を維持するためには、企業を構成するみんなが多少の犠牲をしながらみんなの生活を守るという事態もやむを得ないことがあります。学校だってそうです。追手門学院だけが安住していられるわけがない。とはいえ、追手門学院でも給与カットが始まっています。それでも外部の私から見ると甘すぎる。追手門学院そのものをつぶしたらみんな失業者になってしまいます。労働基準法も、会社が存立しててこそ、その主張ができる、というものです。ワークシェアという変則型勤務形態を取り入れている企業も増えてきた。学校の教職員にも、このような形態があるかもしれません。

【自分の価値はいくらか】

昨日の朝日新聞に「自分の時価はいくらか」という記事がありました。

自分が退職し、再就職するにあたり、経験・資格・特技・によって自分がどの程度の価値があるのか。これを評価する機関もあるらしい。多くは自分が思っているより厳しい評価がなされているようです。私たちも自分自身の時価がどの程度なのか、自分なりに考えて、果たして価値があるt評価されているのかどうかを、客観的にみてもらう必要があるかもしれません。

【ワールドカップと日本】

ワールドカップでにぎわった韓国は、5年前にあたる1997年末、経済システムの破綻でimf・国際通貨基金の管理下にあり、借金だらけの破綻寸前の国となりました。ところが、徹底した社会経済改革のもとで、わずか数年で、企業が盛り返し、いまやサムソンやヒュンダイが、世界を席巻しようとしています。企業も徹底して改革を実践しました。5パーセントルールといって、役に立たない従業員の下から5パーセントに希望退職させる徹底ぶりです。

これに比べたら、日本は甘い。韓国と比較して日本は、ワールドカップの戦い方も甘かったけれど、企業改革も甘い。平和ぼけしています。このままでは日本は凋落してしまいます。

でも、韓国の例をみても、戦後の日本の復興課程を見ても、思い切った改革をすれば、この経済不況もはねとばせるし、追手門学院が教育改革に成功すれば、学校間のサバイバルゲームにも勝ち残れます。その改革の正否は、ひとえに職員一人一人の追手門学院に対する母校愛、そしてそれに裏づけられた個々の職員の改革意識の高揚にあると思います。

みんなで痛みを分かち合いながら教育改革・学校改革を成功させましょう。本日は、ご静聴ありがとうございました。